かんにした。清三は行田から弥勒《みろく》に帰る途中、そうした壮丁に幾人《いくたり》もでっくわした。
旅順《りょじゅん》仁川《じんせん》の海戦があってから、静かな田舎《いなか》でもその話がいたるところでくり返された。町から町へ、村から村へ配達する新聞屋の鈴の音は忙しげに聞こえた。新聞紙上には二号活字がれいれいしくかかげられて、いろいろの計画やら、風説やらが記《しる》されてある。十二日は朝から曇った寒い日であったが、予想のごとく、敵の浦塩艦隊《うらじおかんたい》が津軽海峡《つがるかいきょう》に襲来《しゅうらい》して、商船|奈古浦丸《なこのうらまる》を轟沈《ごうちん》したという知らせが来た。その津軽海峡の艫作崎《へなしざき》というのはどこに当たるか、それをたしかめるため、校長は教授用の大きな大日本地図を教員室にかけた。老訓導も関さんも女教師もみなそこに集まった。
「ははア、こんなところですかな」
と老訓導は言った。
清三は浦塩《うらじお》から一直線にやって来た敵の艦隊と轟沈《ごうちん》されたわが商船とを想像して、久しくその掛け図の前に立っていた。
湯屋でも、理髪舗《とこや》でも、戦争
前へ
次へ
全349ページ中279ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング