を昨年羽生の寺で和尚《おしょう》さんに言ったことを思い出した。たまらなくさびしい気がした。

       三十七

 その年の九月、午後の残暑の日影を受けて、上野公園の音楽学校の校門から、入学試験を受けた人々の群れがぞろぞろと出て来た。羽織袴もあれば洋服もある。廂髪《ひさしがみ》に董《すみれ》色の袴《はかま》をはいた女学生もある。校内からは、ピアノの音がゆるやかに聞こえた。
 その群れの中に詰襟《つめえり》の背広を着て、古い麦稈《むぎわら》帽子をかむって、一人てくてくと塀《へい》ぎわに寄って歩いて行く男があった。靴は埃《ほこり》にまみれて白く、毛繻子《けじゅす》の蝙蝠傘《こうもりがさ》はさめて羊羹色《ようかんいろ》になっていた。それは田舎《いなか》からわざわざ試験を受けに来た清三であった。
 はいっただけでも心がふるえるような天井の高い室、鬚《ひげ》の生えた肥《ふと》ったりっぱな体格をした試験委員、大きなピヤノには、中年の袴をはいた女が後ろ向きになってしきりに妙《たえ》な音を立てていた。清三は田舎の小学校の小さなオルガンで学んだ研究が、なんの役にもたたなかったことをやがて知った。一生
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