もう新芽がきざし始めた。賽銭《さいせん》箱の前には、額髪《ひたいがみ》を手拭いで巻いた子傅《こもり》が二人、子守歌を調子よくうたっていた。
昨日の売れ残りのふかし甘薯《いも》がまずそうに並べてある店もあった。雨は細く糸のようにその低《ひく》き軒をかすめた。
畑にはようやく芽を出しかけた桑、眼もさめるように黄いろい菜の花、げんげや菫《すみれ》や草の生《は》えている畔《あぜ》、遠くに杉や樫《かし》の森にかこまれた豪農の白壁《しらかべ》も見える。
青縞を織る音がところどころに聞こえる。チャンカラチャンカラと忙しそうな調子がたえず響いて来る。時にはあたりにそれらしい人家も見えないのに、どこで織ってるのだろうと思わせることもある。唄《うた》が若々しい調子で聞こえて来ることもある。
発戸河岸《ほっとかし》のほうにわかれる路《みち》の角《かど》には、ここらで評判だという饂飩《うどん》屋があった。朝から大釜《おおがま》には湯がたぎって、主《あるじ》らしい男が、大きなのべ板にうどん粉をなすって、せっせと玉を伸ばしていた。赤い襷《たすき》をかけた若い女中が馴染《なじみ》らしい百姓と笑って話をしてい
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