て悪くなかった。車や馬の通ったところはグシャグシャしているが、拾えば泥濘《どろ》にならぬところがいくらもある。路の縁《ふち》の乾いた土には雨がまだわずかにしみ込んだばかりであった。
井泉村の役場に助役を訪ねてみたが、まだ出勤していなかった。路に沿った長い汚ない溝《どぶ》には、藻《も》や藺《い》や葦《あし》の新芽や沢瀉《おもだか》がごたごたと生《は》えて、淡竹《またけ》の雨をおびた藪《やぶ》がその上におおいかぶさった。雨滴《あまだ》れがばらばら落ちた。
路のほとりに軒の傾《かた》むいた小さな百姓家があって、壁には鋤《すき》や犁《くわ》や古い蓑《みの》などがかけてある。髪の乱れた肥った嚊《かかあ》が柱によりかかって、今年生まれた赤児《あかご》に乳を飲ませていると、亭主らしい鬚面《ひげづら》の四十男は、雨に仕事のできぬのを退屈そうに、手を伸ばして大きなあくびをしていた。
鎮守《ちんじゅ》の八幡宮の茅葺《かやぶき》の古い社殿は街道から見えるところにあった。華表《とりい》のかたわらには社殿修繕の寄付金の姓名と額《たか》とが古く新しく並べて書いてある。周囲《しゅうい》の欅《けやき》の大木には
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