ヶ谷村役場と黒々と大きく書きつけてあった。
 小川屋のかたわらの川縁《かわべり》の繁みからは、雨滴《あまだ》れがはらはらと傘の上に乱れ落ちた。錆《さ》びた黒い水には蠑※[#「虫+原」、第3水準1−91−60]《いもり》が赤い腹を見せている。ふと街道の取つきの家から、小川屋のお種という色白娘が、白い手拭いで髪をおおったまま、傘もささずに、大きな雨滴《あまだ》れの落ちる木陰《こかげ》を急いで此方《こなた》にやって来たが、二三歩前で、清三と顔見合わせて、ちょっと会釈《えしゃく》して笑顔を見せて通り過ぎた。
 学校はまだ授業が始まらぬので、門から下駄箱の見えるほとりには、生徒の傘がぞろぞろと続いた。男生徒も女生徒も多くは包みを腰のところにしょって尻をからげて歩いて来る。雨の降る中をぬれそぼちながら、傘を車の輪のように地上に回して来る頑童《わっぱ》もあれば、傘の柄を頸《くび》のところで押さえて、編棒《あみぼう》と毛糸とを動かして歩いて来る十二三の娘もあった。この生徒らを来週からは自分が教えるのだと思って、清三はその前を通った。
 明方《あけがた》から降り出した雨なので、路《みち》はまだそうたいし
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