さずに帰るのは腑甲斐《ふがい》ないようにも思われる。せっかくあの長い暑い二里の土手を歩いて来て、無意味に帰って行くのもばかばかしい。それにただ帰るのも惜しいような気がする。渡し船の行って帰って来る間、かれはそこに立ったりしゃがんだりしていた。
思いきって立ち上がった。その家には店《みせ》に妓夫《ぎふ》が二人出ていた。大きい洋燈《らんぷ》がまぶしくかれの姿を照らした。張り見世の女郎の眼がみんなこっちに注《そそ》がれた。内から迎える声も何もかもかれには夢中であった。やがてがらんとした室《へや》に通されて、「お名ざし」を聞かれる。右から二番目とかろうじてかれは言った。
右から二番目の女は静枝と呼ばれた。どちらかといえば小づくりで、色の白い、髪の房々《ふさふさ》した、この家でも売れる女《こ》であった。眉と眉との遠いのが、どことなく美穂子をしのばせるようなところがある。
清三にはこうした社会のすべてがみな新らしくめずらしく見えた。引《ひ》き付けということもおもしろいし、女がずっとはいって来て客のすぐ隣にすわるということも不思議だし、台の物とかいって大きな皿に少しばかり鮨《すし》を入れて持っ
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