櫓《ろ》の音がギーギー聞こえる。岸に並べた二階家の屋根がくっきりと黒く月の光の中に出ている。
 水を越して響いて来る絃歌《げんか》の音が清三の胸をそぞろに波だたせた。
 乗り合いの人の顔はみな月に白く見えた。船頭はくわえ煙管《きせる》の火をぽっつり紅《あか》く見せながら、小腰《こごし》に櫓を押した。
 十分のちには、清三の姿は張《は》り見世《みせ》にごてごてと白粉《おしろい》をつけて、赤いものずくめの衣服で飾りたてた女の格子の前に立っていた。こちらの軒からあちらの軒に歩いて行った。細い格子の中にはいって、あやうく羽織の袖を破られようとした。こうして夜ごとに客を迎うる不幸福《ふしあわせ》な女に引きくらべて、こうして心の餓《う》え、肉の渇《かわ》きをいやしに来た自分のあさましさを思って肩をそびやかした。廓《くるわ》の通りをぞろぞろとひやかしの人々が通る。なじみ客を見かけて、「ちょいと貴郎《あなた》!」なぞという声がする。格子に寄り合うて何かなんなんと話しているものもある。威勢よくはいってトントン階段を上がって行くものもある。二階からは三絃《しゃみせん》や鼓《つづみ》の音がにぎやかに聞こえた
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