松原遠く日は暮れて
  利根のながれのゆるやかに
ながめ淋しき村里の
  ここに一年《ひととせ》かりの庵《いお》
はかなき恋も世も捨てて
  願ひもなくてただ一人
さびしく歌ふわがうたを
  あはれと聞かんすべもがな
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 かれは時々こうしたセンチメンタルな心になったが、しかしこれはその心の状態のすべてではなかった。村の若い者が夜遅くなってから、栗橋の川向こうの四里もある中田まで、女郎買いに行く話などをもおもしろがって聞いた。大越《おおごえ》から通う老訓導は、酒でものむと洒脱《しゃだつ》な口ぶりで、そこから近いその遊廓《ゆうかく》の話をして聞かせることがある。群馬埼玉の二県はかつて廃娼論《はいしょうろん》の盛んであった土地なので、その管内にはだるまばかり発達して、遊廓がない。足利の福井は遠いし、佐野のあら町は不便だし、ここらから若者が出かけるには、茨城県の古河《こが》か中田《なかだ》かに行くよりほかしかたがない。中田には大越まで乗合馬車の便がある。大越から土手の上を二里ほど行って、利根の渡しをわたれば中田はすぐである。「店があれでも五六軒はありますかなア。昔、奥州
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