にのせて出された。校長の細君は挨拶《あいさつ》をしながら、顔の蒼白《あおじろ》い、鼻の高い、眉と眉との間の遠い客の姿を見て、弱々しい人だと思った。次の間《ま》では話をしている間、今年生まれた子がしっきりなしに泣いたが、しかし主《あるじ》はそれをやかましいとも言わなかった。
 襁褓《むつき》があたりに散らばって、火鉢の鉄瓶《てつびん》はカラカラ煮え立っていた。
 中学の話が出る。師範校の話が出る。教授上の経験談が出る。同僚になる人々の噂《うわさ》が出る。清三は思わず興に乗って、理想めいたことやら、家庭のための犠牲ということやらその他いろいろのことを打ち明けて語って、一生小学校の教員をする気はないというようなことまでほのめかした。清三は昨日学校で会った時に似ず、この校長の存外性質のよさそうなところのあるのを発見した。
 校長の語るところによると、この三田ヶ谷という地は村長や子弟の父兄の権力の強いところで、その楫《かじ》を取って行くのがなかなかむずかしいそうである。それに人気もあまりよいほうではない、発戸《ほっと》、上村君《かみむらぎみ》、下村君《したむらぎみ》などいう利根《とね》川寄りの村
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