った。
 ある日校長が言うた。「どうです。そうして毎日宿直室に泊まっているくらいなら、寺から荷物を持って来て、ここに自炊なりなんなりしているようにしたら……。そうすれば、私のほうでもわざわざ宿直を置かないでいいし、君にも間代《まだい》が出なくって経済になる。第一、二里の道を通うという労力がはぶける」羽生の和尚さんもこの間行った時、「いったいどうなさるんです、こうあけていらしっては間代を頂戴するのもお気の毒だし……それに、冬は通うのにずいぶん大変ですからなア」と言った。清三は寺に寄宿するころの心地と今の心地といちじるしく違ってきたことを考えずにはいられなかった。そのころからくらべると、希望も目的も感情もまったく違ってきた。「行田文学」も廃刊した。文学に集まった友の群れも離散《りさん》した。かれ自身にしても、文学書類を読むよりも、絵画の写生をしたり、音楽の譜の本を集めてオルガンを鳴らしてみたりすることが多くなった。それに、行田にもそうたびたびは行きたくなくなった。かれは月の中ごろに蒲団《ふとん》と本箱とを羽生の寺から運んで来た。

       二十七

「喜平《きへい》さんな、とんでもね
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