たままになっている。和尚《おしょう》さんは、「林君、どうしたんですか、あまり久しく帰って来ませんが……学校に何か忙しいことでもあるんですかねえ」と言った。荻生さんが心配して忙しい郵便事務の閑《すき》をみて、わざわざ弥勒《みろく》まで出かけて行くと、清三はべつに変わったようなところもなく、いつも無性《ぶしょう》にしている髪もきれいに刈り込んで、にこにこして出て来た。「どうもこの寒いのに、朝早く起きて通うのが辛いものだからねえ、君、ここで小使といっしょに寝ていれば、小供がぞろぞろやってくる時分までゆっくりと寝ていられるものだから」などと言った。八畳の一間で、長押《なげし》の釘には古袴《ふるばかま》だの三尺帯だのがかけてある。机には生徒の作文の朱で直しかけたのと、かれがこのごろ始めた水彩画の写生しかけたのとが置いてあった。教授が終わって校長や同僚が帰ってから、清三は自分で出かけて菓子を買って来て二人で食った。かれは茶を飲みながら二三枚写生したまずい水彩画を出して友に示した。学校の門と、垣で夕日のさし残ったところと、暮靄《ぼあい》の中に富士の薄く出ているところと、それに生徒の顔の写生が一枚あっ
前へ 次へ
全349ページ中187ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング