も、表から来る人の眼にみなうつった。校長の室《へや》には学校管理法や心理学や教育時論の赤い表紙などが見えた。
「君にはほんとうに気の毒でした。実はまだ手筈《てはず》だけで、表向《おもてむ》きにしなかったものだからねえ……」
 と言って、細君の運《はこ》んで来た茶を一杯ついで出して、「君もご存じかもしれないが、平田というあの年の老《よ》った教員、あれがもう老朽でしかたがないから、転校か免職かさせようと言っていたところに、ちょうど加藤さんからそういう話があるッて岸野君が言うもんだから、それでお頼《たの》みしようッていうことにしたのでした。ところが少し貴君《あなた》のおいでが早かったものだから……」
 言いかけて笑った。
「そうでしたか、少しも知りませんものでしたから……」
「それはそうですとも、貴君《あなた》は知るわけはない。岸野さんがいま少し注意してくれるといいんですけれど、あの人はああいうふうで、何事にも無頓着《むとんじゃく》ですからな」
「それじゃその教員がいたんですね?」
「ええ」
「それじゃまだ知らずにおりましたのですか」
「内々は知ってるでしょうけれど……表向きはまだ発表してな
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