の寺で、遊び仲間の子供たちといっしょに、風の吹いた朝を待ちつけて、銀杏の実を拾ったことを思い出した。それがまだ昨日のように思われる。そこに現に子供の群れの中に自分もいっしょになって銀杏を拾っているような気もする。月日がいつの間にかたって、こうして昔のことを考える身となったことが不思議にさえ思われた。このごろは学校でオルガンに新曲を合わせてみることに興味をもって、琴の六段や長唄の賤機《しずはた》などをやってみることがある。鉄幹《てっかん》の「残照」は変ロ調の4/4[#「4/4」は分数]でよく調子に合った。遅くまでかかって熱心に唱歌の楽譜を浄写《じょうしゃ》した。
月の初めに、俸給の一部をさいて、枕時計を買ったので、このごろは朝はきまって七時には眼がさめる。それに、時を刻《きざ》むセコンドの音がたえず聞こえて、なんだかそれが伴侶《ともだち》のように思われる。一人で帰って来ても、時計が待っている。夜|更《ふ》けに目がさめてもチクタクやっている。物を思う心のリズムにも調子を合わせてくれるような気がする。かれは小畑にやる端書《はがき》に枕時計の絵をかいて、「この時計をわが友ともわが妻とも思ひな
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