ったりした。
 それが一日二日で通過してしまうと、町はしんとしてもとの静謐《せいひつ》にかえった。清三は二三日前の土曜日に例のごとく行田に行ったが、帰って来て、日記に、「母はつとめて言はねど、父君のさてはなんとか働きたまはば、わが一家は平和ならましを。この思ひ、いつも帰行《きこう》の時に思ひ浮かばざることなし」と書いた。怠《なま》けがちに日を送って、母親にのみ苦労をかける父親がかれにははがゆくってしかたがなかった。かれは病身でそして思いやりの深い母親に同情した。顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》に即効紙《そっこうし》をはって、夜更《よふ》けまで賃仕事にいそしむ母親の繰《く》り言《ごと》を聞くと、いかなる犠牲も堪《た》えなければならぬといつも思う。時には、父親に内所《ないしょ》で、財布の底をはたいて小遣いを置いて来ることなどもある。それを父親は母親から引き出してつかった。
 二三日前に帰った時にも、あっちこっちに一円二円と細《こま》かい不義理ができて困っているという話を母親から聞いた。
「行田文学」は四号で廃刊《はいかん》するという話があった、石川はせっかく始めたこと
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