も》いをしてはいけないいけないッて言っても、仮寝《うたたね》なぞしているもんだから……風邪《かぜ》を引いちゃったんさ……」
「お母《っかあ》、いい気だからなア」
「ほんとうに困るよ」
「でも、お種坊はかせぎものだから、お母《っかあ》、楽ができらアな」
 娘は黙って笑った。
 しばらくして、
「お客様の弁当は、明日《あした》も持って来るんだんべいか」
「そうよ」
「それじゃ、お休み」
 と娘は帰りかけると、
「まア、いいじゃねえか、遊んでいけやな」
「遊んでなんかいられねえ、これから跡仕舞《あとじま》いしねきゃなんねえ……それだらお休み」と出て行ってしまう。
 弁当には玉子焼きと漬《つ》け物《もの》とが入れられてあった。小使は出流《でなが》れの温《ぬる》い茶をついでくれた。やがて爺《じじい》はわきに行って、内職の藁《わら》を打ち始めた。夜はしんとしている。蛙の声に家も身も埋《う》めらるるように感じた。かれは想像にもつかれ、さりとて読むべき雑誌も持って来なかったので、包みの中から洋紙を横綴《よことじ》にした手帳を出して、鉛筆で日記をつけ出した。
 四月二十五日と前の日に続けて書いて、ふと思
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