、足音がばたばたと聞こえる。小川屋に弁当と夜具を取りに行った小使が帰って来たのだと思っていると、夕闇の中から大きな夜具を被《かず》いた黒い影が浮き出すように動いて来て、そのあとに女らしい影がちょこちょこついて来た。
小使は室のうちにドサリと夜具を置いて、さも重かったというように呼吸《いき》をついたが、昼間掃除しておいた三|分心《ぶじん》の洋燈《らんぷ》に火をとぼした。あたりは急に明るくなった。
「ご苦労でした」
こう言って、清三が戸内《こない》にはいって来た。
このとき、清三はそこに立っている娘の色白の顔を見た。娘は携《たずさ》えて来た弁当をそこに置いて、急に明るくなった一室をまぶしそうに見渡した。
「お種坊《たねぼう》、遊んでいくが好《え》いや」
小使はこんなことを言った。娘はにこにこと笑ってみせた。評判な美しさというほどでもないが、眉《まゆ》のところに人に好かれるように艶《えん》なところがあって、豊かな肉づきが頬《ほお》にも腕にもあらわに見えた。
「お母《っかあ》、加減《あんべい》が悪いって聞いたが、どうだい。もういいかな」
「ああ」
「風邪《かぜ》だんべい」
「寒い思《お
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