た。それに用のないものも、午《ひる》から帰ると途中が暑いので、日陰のできるころまで、オルガンを鳴らしたり、雑談にふけったり、宿直室へ行って昼寝をしたりした。清三は日課点の調べにあきて、風呂敷包みの中から「むさし野」を出して清新な趣味に渇《かっ》した人のように熱心に読んだ。「忘れ得ぬ人々」に書いた作者の感慨、武蔵野の郊外をザッと降って通る林の時雨《しぐれ》、水車《みずぐるま》の月に光る橋のほとりに下宿した若い教員、それらはすべて自分の感じによく似ていた。かれはおりおり本を伏せて、頭脳《あたま》を流れて来る感興にふけらざるを得なかった。
 三十日の学課は一時間で終わった。生徒を集めた卓《テーブル》の前で、「皆さんは暑中休暇を有益に使わなければなりません。あまりに遊び過ごすと、せっかくこれまで教わったことをみんな忘れてしまいますから、毎日一度ずつは、本を出してお復習《さらえ》をなさい。それから父さん母さんに世話をやかしてはいけません。桃や梨や西瓜《すいか》などをたくさん食べてはいけません。暑いところを遊んで来て、そういうものをたくさんに食べますと、お腹《なか》をこわすばかりではありません。恐
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