出しているころ集めた本をなにかと持って来て貸してくれた。国民小説という赤い表紙の四六版の本の中には、「地震」と「うき世の波」と「悪因縁《あくいんえん》」という三編がある。それがおもしろいから読めと和尚さんは言った。「むさし野」という本もそのうちにあった。かれは「むさし野」に読みふけった。
七月はしだいに終わりに近づいた。暑さは日に日に加わった。久しく会わなかった発戸《ほっと》の小学校の女教員に例の庚申塚《こうしんづか》の角《かど》でまた二三度|邂逅《かいこう》した。白地の単衣《ひとえもの》に白のリボン、涼しそうな装《なり》をして、微笑《ほほえみ》を傾けて通って行った。その微笑の意味が清三にはどうしてもわからなかった。学校では暑中休暇を誰もみんな待ちわたっている。暑い夏を葡萄棚《ぶどうだな》の下に寝て暮らそうという人もある。浦和にある講習会へ出かけて、検定の資格を得ようとしているものもある。旅に出ようとしているものもある。東京に用|足《た》しに行こうと企《くわだ》てているものもある、月の初めから正午《ひる》ぎりになっていたが、前期の日課点を調べるので、教員どもは一時間二時間を教室に残っ
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