によこされて、それから七八年の辛抱、その艱難《かんなん》は一通りでなかった。玄関のそばの二畳にいて、この成願寺の住職になることをこのうえもない希望のように思っていた。今でも成願寺住職|実円《じつえん》と書いた落書きがよく見ると残っている。主僧は酔って「衆寮《しゅうりょう》の壁《かべ》」というついこのごろ作った新体詩を歌って聞かせた。
「どうです、君も何か一つ書いてみませんか」
こう言って和尚さんは勧《すす》めた。
清三の胸はこうした言葉にも動かされるほど今宵は感激していた。何か一つ書いてみよう。かれはエルテルを書いてその実際の苦痛を忘れたゲエテのことなどを思い出した。自分には才能という才能もない。学問という学問もない。友だちのように順序正しく修業をする境遇にもいない。人なみにしていては、とてもだめである。かれは感情を披瀝《ひれき》する詩人としてよりほかに光明を認め得るものはないと思った。
「一つ運だめしをやろう。この暑中休暇に全力をあげてみよう。自分の才能を試みてみよう」
かれは和尚さんから、種々の詩集や小説を借りることにした。翌日学校から帰って来ると、和尚さんは東京の文壇に顔を
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