宜《じぎ》によればすぐにも使者《ししゃ》をやって、よく聞きただしてみてもいいから、今夜一|晩《ばん》は不自由でもあろうが役場に宿《とま》ってくれとのことであった。教員室には、教員が出たりはいったりしていた。五十ぐらいの平田という老朽《ろうきゅう》と若い背広の関《せき》という准《じゅん》教員とが廊下の柱の所に立って、久しく何事をか語っていた。二人は時々こっちを見た。
 ベルがまた鳴った。校長も教員もみな出て行った。生徒はぞろぞろと潮《うしお》のように集まってはいって来た。女教員は教員室を出ようとして、じろりと清三を見て行った。
 唱歌の時間であるとみえて、講堂に生徒が集まって、やがてゆるやかなオルガンの音が静かな校内に聞こえ出した。

       三

 村役場の一夜《ひとよ》はさびしかった。小使の室《へや》にかれは寝ることになった。日のくれぐれに、勝手口から井戸のそばに出て、平野をめぐる遠い山々のくらくなるのを眺めていると、身も引き入れられるような哀愁《かなしみ》がそれとなく心をおそって来る。父母《ちちはは》のことがひしひしと思い出された。幼いころは兄弟も多かった。そのころ父は足利《
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