待った。教員室には掛図《かけず》や大きな算盤《そろばん》や書籍や植物標本《しょくぶつひょうほん》やいろいろなものが散らばって乱れていた。女教員《じょきょういん》が一人隅のほうで何かせっせと調べ物をしていたが、はじめちょっと挨拶《あいさつ》したぎりで、言葉もかけてくれなかった。やがてベルが鳴る、長い廊下を生徒はぞろぞろと整列してきて、「別れ」をやるとそのまま、蜘蛛《くも》の子を散らしたように広場に散った。今までの静謐《せいひつ》とは打って変わって、足音、号令《ごうれい》の音、散らばった生徒の騒《さわ》ぐ音が校内に満ち渡った。
校長の背広《せびろ》には白いチョークがついていた。顔の長い、背の高い、どっちかといえばやせたほうの体格で、師範《しはん》校出の特色の一種の「気取《きど》り」がその態度にありありと見えた。知らぬふりをしたのか、それともほんとうに知らぬのか、清三にはその時の校長の心がわからなかった。
校長はこんなことを言った。
「ちっとも知りません……しかし加藤さんがそう言って、岸野さんもご存じなら、いずれなんとか命令があるでしょう。少し待っていていただきたいものですが……」
時
前へ
次へ
全349ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング