彼奴等《きゃつら》のように校長になるのを唯《ゆい》一の目的に一生小学校に勤めている人間とは種類が違うのだと思うと、べつにヤキモキする必要もなかった。校長もどっちかといえば、気が小さく神経過敏に過ぎるのがいやだが、しかしがいして温良な君子で、わる気というようなところは少しもなかった。関さんは例の通りの好人物、大島さんは話し好きの合い口――清三にとってこの小学校はあまりいごこちの悪いほうではなかった。
 清三は一人でよくオルガンをひいた。型の小さい安いオルガンで、音もそうたいしてよくはなかったが、みずから好奇《ものずき》に歌などを作って、覚束《おぼつか》ない音楽の知識で、譜を合わせてみたりなんかする。藤村詩集にある「海辺の曲」という譜のついた歌はよく調子に乗った。それから若菜集の中の好きな句を選んで譜をつけてひいてもみた。梅雨《つゆ》の降りしきる夕暮れの田舎道、小さなしんとした学校の窓から、そうしたさまざまの歌がたえず聞こえたが、しかし耳を傾けて行く旅客もなかった。
 清三の教える室《へや》の窓からは、羽生から大越《おおごえ》に通う街道が見えた。雨にぬれて汚ない布《ぬの》を四面に垂《た》れ
前へ 次へ
全349ページ中117ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング