う言って笑った。
勝手へ行ってみると、かみさんと小僧とはご馳走の支度《したく》に忙しそうにしていた。和尚さんも時々出て来ていろいろ指揮をする。米ずしの若い衆は岡持《おかもち》に鯉のあらいを持って来る。通りの酒屋は貧乏徳利を下げて来る。小僧は竈《かまど》の下と据風呂《すえぶろ》の釜とに火を燃しつける。活気はめずらしくがらんとした台所に満ちわたった。
酒はやがて始まった。だんだん話し声が高くなってきた。和尚さんもいつもに似ぬ元気な声を出して愉快そうに笑った。
正午近くになるとだいぶ酔ったらしく、笑う声がたえず聞こえた。縁側から厠《かわや》へ行く客の顔は火のように赤かった。やがて和尚さんのまずい詩吟が出たかと思うと、今度は琵琶歌《びわうた》かとも思われるような一種の朗らかな吟声が聞こえた。
若い人たちはつれだって町に出かけた。懐《ふところ》に金はないが、月末勘定の米ずしに行けば、酒の一二本はいつも飲むことはできた。その場末の飲食店の奥の六畳には、衣服やら小児《こども》の襁褓《むつき》やらがいっぱいに散らかされてあったが、それをかみさんが急いで片づけてくれた。古箪笥《ふるだんす》や行李
前へ
次へ
全349ページ中108ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング