たり風が吹いたりした。雨の降る日には本堂の四面の新緑がことにあざやかに見えて、庫裡《くり》の高い屋根にかけたトタンの樋《とい》からビショビショ雨滴《あまだ》れの落ちるのを見た。風の吹く日には、裏の林がざわざわ鳴って、なんだか海近くにでも住んでいるように思われた。弁当は朝に晩に、馬車継立所《ばしゃつぎたてしょ》のそばの米ずしという小さな飲食店から赤いメリンスの帯をしめた十三四の娘が運んで来た。行田の家からもやがて夜具や机や書箱《ほんばこ》などをとどけてよこした。
 かれは寺から町の大通《おおどお》りに真直《まっすぐ》に出て、うどんひもかわと障子に書いた汚ない飲食店の角《かど》を裏通りにはいって、細い煙筒《えんとつ》に白い薄い煙のあがる碓氷社《うすいしゃ》分工場《ぶんこうじょう》の養蚕所《ようさんじょ》や、怪しげな軒燈《がすとう》の出ている料理屋の前などを通って、それから用水の橋のたもとへといつも出る。時には大越《おおごえ》に通う馬車がおりよくそこにいて、安くまけて乗せてもらって行くことなどもあった。
 五六日して主僧は東京から帰って来た。葬儀の模様は新聞で見て知っていたが、くわしく聞いて
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