げた。なんとなく胸がおどった。
 清三《せいぞう》の前には、新しい生活がひろげられていた。どんな生活でも新しい生活には意味があり希望があるように思われる。五年間の中学校生活、行田《ぎょうだ》から熊谷《くまがや》まで三里の路《みち》を朝早く小倉《こくら》服着て通ったことももう過去になった。卒業式、卒業の祝宴、初めて席に侍《はべ》る芸妓《げいしゃ》なるものの嬌態《きょうたい》にも接すれば、平生《へいぜい》むずかしい顔をしている教員が銅鑼声《どらごえ》を張《は》り上げて調子はずれの唄《うた》をうたったのをも聞いた。一月《ひとつき》二月《ふたつき》とたつうちに、学校の窓からのぞいた人生と実際の人生とはどことなく違っているような気がだんだんしてきた。第一に、父母《ふぼ》からしてすでにそうである。それにまわりの人々の自分に対する言葉のうちにもそれが見える。つねに往来《おうらい》している友人の群れの空気もそれぞれに変わった。
 ふと思い出した。
 十日ほど前、親友の加藤郁治《かとういくじ》と熊谷から歩いて帰ってくる途中で、文学のことやら将来のことやら恋のことやらを話した。二人は一少女に対するある友人
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