「むろんそうだろう。羽生の局をやっているのは荻生君の親類だから」
「それはいいな」
「君の話相手ができて、いいと僕も思ったよ」
「でも、そんなに親しくはないけれど……」
「じき親しくなるよ、ああいうやさしい人だもの……」
そこにしげ子が「昼間こしらえたのですから、まずくなりましたけれど……」とお萩餅《はぎ》を運んで、茶をさして来た。そのまま兄のそばにすわって、無邪気な口《くち》ぶりで二|言《こと》三|言《こと》話していたが、今度は姉の雪子が丈《たけ》の高い姿をそこにあらわして、「兄さん、石川さんが」という。
やがて石川がはいって来た。
座に清三がいるのを見て、
「君のところに今寄って来たよ」
「そうか」
「こっちに来たッてマザアが言ったから」こう言って石川はすわって、「先生がうまくつとまりましたかね?」
清三は笑っている。
郁治は、「まだできるかできないか、やってみないんだとさ」
とそばから言う。
雪子もしげ子も石川の顔を見ると、挨拶《あいさつ》してすぐ引っ込んで行ってしまった。郁治と清三と話している間は、話に気がおけないので、よく長くそばにすわっているが、他人が交《まじ》るとすましてしまうのがつねである。それほど清三と郁治とは交情《なか》がよかった。それほど清三とこの家庭とは親しかった。郁治と清三との話しぶりも石川が来るとまるで変わった。
「いよいよ来月の十五日から一号を出そうと思うんだがね」
「もうすっかり決《き》まったかえ」
「東京からも大家では麗水《れいすい》と天随《てんずい》とが書いてくれるはずだ……。それに地方からもだいぶ原稿が来るからだいじょうぶだろうと思うよ」
こう言って、地方の小雑誌やら東京の文学雑誌やらを五六種出したが、岡山地方で発行する菊版二十四|頁《ページ》の「小文学」というのをとくに抜き出して、
「たいていこういうふうにしようと思うんだ。沢田(印刷所)にも相談してみたが、それがいいだろうと言うんだけれど、どうも中の体裁《ていさい》はあまり感心しないから、組み方なんかは別にしようと思うんだがね」
「そうねえ、中はあまりきれいじゃないねえ」と二人は「小文学」を見ている。
「これはどうだろう」
と二段十八行二十四字詰めのを石川は見せた。
「そうねえ」
三人は数種の雑誌をひるがえしてみた。郁治の持っている雑誌もそこに参考に出した。洋燈《らんぷ》は額《ひたい》を集めた三人の青年とそこに乱雑に散らかった雑誌とをくっきり照らした。
やがてその中の一つにあらかた定《き》まる。
石川の持って来た雑誌の中に、「明星」の四月号があった。清三はそれを手に取って、初めは藤島武二や中沢弘光の木版画のあざやかなのを見ていたが、やがて、晶子《あきこ》の歌に熱心に見入った。新しい「明星派」の傾向が清三のかわいた胸にはさながら泉のように感じられた。
石川はそれを見て笑って、
「もう見てる。違ったもんだね、崇拝者《すうはいしゃ》は!」
「だって実際いいんだもの」
「何がいいんだか、国語は支離滅裂《しりめつれつ》、思想は新しいかもしれないが、わけのわからない文句ばかり集めて、それで歌になってるつもりなんだから、明星派の人たちには閉口するよ」
いつかもやった明星派|是非《ぜひ》論、それを三人はまたくり返して論じた。
七
夜はもう十二時を過ぎた。雨滴《あまだ》れの音はまだしている。時々ザッと降って行く気勢《けはい》も聞き取られる。城址《しろあと》の沼のあたりで、むぐりの鳴く声が寂しく聞こえた。
一室には三つ床が敷いてあった。小さい丸髷《まるまげ》とはげた頭とが床を並べてそこに寝ていた。母親はつい先ほどまで眼を覚ましていて、「明日眠いから早くおやすみよ」といく度となく言った。
「ランプを枕元《まくらもと》につけておいて、つい寝込《ねこ》んでしまうと危いから」とも忠告した。その母親も寝てしまって、父親の鼾《いびき》に交って、かすかな呼吸《いき》がスウスウ聞こえる。さらぬだに紙の笠《かさ》が古いのに、先ほど心《しん》が出過ぎたのを知らずにいたので、ホヤが半分ほど黒くなって、光線がいやに赤く暗い。清三は借りて来た「明星」をほとんどわれを忘れるほど熱心に読《よ》み耽《ふけ》った。
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椿それも梅もさなりき白かりきわが罪問はぬ色《いろ》桃《もも》に見る
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わが罪問はぬ色桃に見る、桃に見る、あの赤い桃に見ると歌った心がしみじみと胸にしみた。不思議なようでもあるし、不自然のようにも考えられた。またこの不思議な不自然なところに新しい泉がこんこんとしてわいているようにも思われた。色《いろ》桃《もも》に見ると四の句と五の句を分けたところに言うに言われぬ匂いがあるようにも思
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