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手紙の三。
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君の胸には何かがあるやうだ。少なくともこの間の返事で僕はさう解釈した。解釈したのが悪いと言はれてもこれもしかたがなしと存じ候。
加藤このごろ別号をつくりたりと申し居り候。未央生《みおうせい》の号を書きていまだ君のあたりを驚かさず候ふや。未央《みおう》と申せば、すでにご存じならん。未央は美穂に通ずるは言ふまでもなきことに候。「予にして加藤の二|妹《まい》のいづれを取らんやといへば、むしろしげ子を。温順にして情《じょう》に富めるしげ子を」をさなき教へ子を恋人にする小学教師のことなど思ひ出して微笑《ほほえみ》み申し候。また君の相変らぬ小さき矜持《ほこり》をも思ひ出し候。
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手紙の四。
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久しぶりで快談一日、昨年の冬ごろのことを思ひ出し候。
あの日は遅くなりしことと存じ候。君の心のなかばをばわれ解したりと言ひてもよかるべしと存じ候。恋――それのみがライフにあらず。真に然《しか》り、真に然り、君の苦衷《くちゅう》察するにあまりあり。君のごとき志《こころざし》を抱いて、世に出でし最初の秋をかくさびしく暮らすを思へば、われらは不平など言ひてはをられぬはずに候。
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手紙の五。(はがき)
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運命一たび君を屈せしむ。なんぞ君の永久に屈することあらん。君の必ずふるって立つの時あるを信じて疑はず。
意気の子の一人さびしの夜の秋|木犀《もくせい》の香りしめりがちなる
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これらの手紙をそろえて机の上においた。そして清三は考えた。自分の書いてやった返事と、その返事の友の心にひき起こしたこととを細かに引きくらべて考えてみた。さらに自己のまことの心とその手紙の上にあらわれた状態とのいかに離れているかを思った。美穂子のことからひいて雪子しげ子のことを頭に浮かべた。表面《うわべ》にあらわれたことだけで世の中は簡単に解釈されていく。打ち明けて心の底を語らなければ、――いや心の底をくわしく語っても、他人はその真相を容易に解さない。親しい友だちでもそうである。かれは痛切に孤独《こどく》を感じた。誰も知ってくれるもののない心の寂しさをひしと覚えた。凩《こがらし》が裏の林をドッと鳴《な》らした。
二十三
天長節には学校で式があった。学務委員やら村長やら土地の有志者やら生徒の父兄やらがぞろぞろ来た。勅語の箱を卓《テーブル》の上に飾って、菊の花の白いのと黄いろいのとを瓶《かめ》にさしてそのそばに置いた。女生徒の中にはメリンスの新しい晴れ衣を着て、海老茶《えびちゃ》色の袴《はかま》をはいたのもちらほら見えた。紋付《もんつ》きを着た男の生徒もあった。オルガンの音につれて、「君が代」と「今日のよき日」をうたう声が講堂の破れた硝子《がらす》をもれて聞こえた。それがすむと、先生たちが出口に立って紙に包んだ菓子を生徒に一人一人わけてやる。生徒はにこにこして、お時儀《じぎ》をしてそれを受け取った。ていねいに懐《ふところ》にしまうものもあれば、紙をあげて見るものもある。中には門のところでもうむしゃむしゃ食っている行儀のわるい子もあった。あとで教員|連《れん》は村長や学務委員といっしょに広い講堂にテーブルを集めて、役場から持って来た白の晒布《さらし》をその上に敷いて、人数だけの椅子をそのまわりに寄せた。餅菓子と煎餅とが菊の花瓶《かびん》の間に並べられる。小使は大きな薬罐《やかん》に茶を入れて持って来て、めいめいに配った茶碗についで回った。
大君のめでたい誕生日は、茶話会《さわかい》では収まらなかった。小川屋に行って、ビールでも飲もうという話は誰からともなく出た。やがて教員たちはぞろぞろと田圃の中の料理屋に出かける。一番あとから校長が行った。小川屋の娘はきれいに髪を結《ゆ》って、見違えるように美しい顔をして、有り合わせの玉子焼きか何かでお膳《ぜん》を運んだ。一人前五十銭の会費に、有志からの寄付が五六円あった。それでビールは景気よく抜かれる。村長と校長とは愉快そうに今年の豊作などを話していると、若い連中は若い連中で検定試験や講習会の話などをした。大島さんがコップにビールをつごうとすると、女教員は手で蓋《ふた》をしてコップをわきにやった。「一杯ぐらい、女だって飲めなくては不自由ですな」と大島さんは元気に笑った。西日が暖かに縁側にさして、狭い庭には大輪の菊が白く黄いろく咲いていた。畑も田ももうたいてい収穫がすんで、向こうのまばらな森の陰からは枯草《かれぐさ》を燃《も》やす煙《けむり》がところどころにあがった。そばの街道を喇叭《らっぱ》の音がして、例の大越《おおごえ》がよいの乗合馬車が通
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