毒ですな。ずいぶんさびしい生活ですものなア。それにまじめな性分《しょうぶん》だけ、いっそうつらいでしょうから」
「私みたいにのんきだといいんですけれど……」
「ほんとうに、君とは違いますね」
 と和尚さんは笑った。

       三十九

 清三の借金はなかなか多かった。この二月ばかり、自炊をする元気もなく、三度々々小川屋から弁当を運ばせたので、その勘定《かんじょう》は七八円までにのぼった。酒屋に三円、菓子屋に三円、荒物屋に五円、前からそのままにしてある米屋に三円、そのほか同僚から一円二円と借りたものもすくなくなかった。荻生さんにも四円ほど借りたままになっていた。
 中田に通うころに和尚さんに融通《ゆうずう》してもらった二円も返さなかった。
 金の価値の貴《とうと》い田舎《いなか》では、何よりも先にこれから信用がくずれて行った。

       四十

 ところがどうした動機か、清三は急にまじめになった。もちろん校長からこんこんと説かれたこともあった。和尚さんからもそれとなく忠告された。けれどもそのためばかりではなかった。
 頭が急に新しくなったような気がした。自己のふまじめであったのがいまさらのように感じられてきた。落ちて行く深い谷から一刻も早く浮かびあがらなければならぬと思った。
 失望と空虚《くうきょ》とさびしい生活とから起こった身体《からだ》の不摂生《ふせっせい》、このごろでは何をする元気もなく、散歩にも出ず、雑誌も読まず、同僚との話もせず、毎日の授業もお勤《つと》めだからしかたがなしにやるというふうに、蒼白《あおじろ》い不健康な顔ばかりしていた。どことなく体がけだるく、時々熱があるのではないかと思われることなどもあった。持病の胃はますますつのって、口の中はつねにかわいた。――ふまじめな生活がこの不健康な肉体を通じて痛切なる悔恨《かいこん》をともなって来た。弱かったがしかし清かった一二年前の生活が眼の前に浮かんで通った。
「絶望と悲哀と寂※[#「宀/日/六」、211−12]《せきばく》とに堪へ得られるやうなまことなる生活を送れ」
「絶望と悲哀と寂※[#「宀/日/六」、211−13]とに堪へ得らるるごとき勇者たれ」
「運命に従ふものを勇者といふ」
「弱かりしかな、ふまじめなりしかな、幼稚なりしかな、空想児《くうそうじ》なりしかな、今日よりぞわれ勇者たらん、今
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