学校の裏の垣根のところから、声をかけたり、わざと土塊《つちくれ》をほうり込んだりするんですッて。そうして誰もいないと、庭から回ってはいって来るんだそうです」
「そして、その中に誰か相手ができてるんですか」
「よくわかりませんけれど、できてるんだそうです」
「どうせ、機織《はたおり》かなんかなんでしょう?」
「え」
「困るですな。そういう女に関係をつけては」
と和尚さんも嘆じた。
しばらくしてから、
「早くかみさんを持たせたら、どうでしょう」
「この間も行田に行きましたから、ついでに寄ったんですが、お袋さんもそう言っていました」
「加藤君のシスターはもらえないのですか」
「先生がいやだッて言うんです……」
「だッて、前にラブしていたんじゃないですか」
「どうですか、清三君、よく話さんですけれど、加藤君と何か仲たがいかなんかしたらしいですな」
「そんなことはないでしょう」
「いや、あるらしいです」
と荻生さんはちょっととぎれて、「この間も言ってましたよ、僕はこういう運命ならしかたがない。一生独身で子供を相手にして暮らしても遺憾《いかん》がないッて言ってましたよ」
「独身もいいが――そんなことをしてはしかたがない」
「ほんとうですとも」
と荻生さんは友だち思いの心配そうに、「校長が可愛がってくれてるからいいですけれど、郡視学の耳にでもはいるとたいへんですからな。それに狭い田舎《いなか》ですから、すぐぱッとしてしまいますから……今度来たら、それとなく言っていただきたいものですが……」
「それは言いましょう」
と和尚さんは言った。
「それに、清三君は体《からだ》が弱いですからな……」
と荻生さんはやがて言葉をついだ。
「やっぱり胃病ですか」
「え、相変わらず甘いものばかり食っているんですから。甘いものと、音楽と、絵の写生《しゃせい》とこの三つが僕のさびしい生活の慰藉《いしゃ》だなどと前から言っていましたが、このごろじゃ――この夏の試験を失敗してからは、集めた譜は押《お》し入《い》れの奥に入れてしまって、唱歌の時間きりオルガンも鳴《な》らさなくなりましたから」
「よほど失望したんですね」
「え……それは熱心でしたから、試験前の二月ばかりというものは、そのことばかり言ってましたから」
「つまり今度のことなどもそれから来てるんですな」と和尚さんは考えて、「ほんとうに気の
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