三
天長節には学校で式があった。学務委員やら村長やら土地の有志者やら生徒の父兄やらがぞろぞろ来た。勅語の箱を卓《テーブル》の上に飾って、菊の花の白いのと黄いろいのとを瓶《かめ》にさしてそのそばに置いた。女生徒の中にはメリンスの新しい晴れ衣を着て、海老茶《えびちゃ》色の袴《はかま》をはいたのもちらほら見えた。紋付《もんつ》きを着た男の生徒もあった。オルガンの音につれて、「君が代」と「今日のよき日」をうたう声が講堂の破れた硝子《がらす》をもれて聞こえた。それがすむと、先生たちが出口に立って紙に包んだ菓子を生徒に一人一人わけてやる。生徒はにこにこして、お時儀《じぎ》をしてそれを受け取った。ていねいに懐《ふところ》にしまうものもあれば、紙をあげて見るものもある。中には門のところでもうむしゃむしゃ食っている行儀のわるい子もあった。あとで教員|連《れん》は村長や学務委員といっしょに広い講堂にテーブルを集めて、役場から持って来た白の晒布《さらし》をその上に敷いて、人数だけの椅子をそのまわりに寄せた。餅菓子と煎餅とが菊の花瓶《かびん》の間に並べられる。小使は大きな薬罐《やかん》に茶を入れて持って来て、めいめいに配った茶碗についで回った。
大君のめでたい誕生日は、茶話会《さわかい》では収まらなかった。小川屋に行って、ビールでも飲もうという話は誰からともなく出た。やがて教員たちはぞろぞろと田圃の中の料理屋に出かける。一番あとから校長が行った。小川屋の娘はきれいに髪を結《ゆ》って、見違えるように美しい顔をして、有り合わせの玉子焼きか何かでお膳《ぜん》を運んだ。一人前五十銭の会費に、有志からの寄付が五六円あった。それでビールは景気よく抜かれる。村長と校長とは愉快そうに今年の豊作などを話していると、若い連中は若い連中で検定試験や講習会の話などをした。大島さんがコップにビールをつごうとすると、女教員は手で蓋《ふた》をしてコップをわきにやった。「一杯ぐらい、女だって飲めなくては不自由ですな」と大島さんは元気に笑った。西日が暖かに縁側にさして、狭い庭には大輪の菊が白く黄いろく咲いていた。畑も田ももうたいてい収穫がすんで、向こうのまばらな森の陰からは枯草《かれぐさ》を燃《も》やす煙《けむり》がところどころにあがった。そばの街道を喇叭《らっぱ》の音がして、例の大越《おおごえ》がよいの乗合馬車が通
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