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手紙の三。
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君の胸には何かがあるやうだ。少なくともこの間の返事で僕はさう解釈した。解釈したのが悪いと言はれてもこれもしかたがなしと存じ候。
加藤このごろ別号をつくりたりと申し居り候。未央生《みおうせい》の号を書きていまだ君のあたりを驚かさず候ふや。未央《みおう》と申せば、すでにご存じならん。未央は美穂に通ずるは言ふまでもなきことに候。「予にして加藤の二|妹《まい》のいづれを取らんやといへば、むしろしげ子を。温順にして情《じょう》に富めるしげ子を」をさなき教へ子を恋人にする小学教師のことなど思ひ出して微笑《ほほえみ》み申し候。また君の相変らぬ小さき矜持《ほこり》をも思ひ出し候。
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手紙の四。
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久しぶりで快談一日、昨年の冬ごろのことを思ひ出し候。
あの日は遅くなりしことと存じ候。君の心のなかばをばわれ解したりと言ひてもよかるべしと存じ候。恋――それのみがライフにあらず。真に然《しか》り、真に然り、君の苦衷《くちゅう》察するにあまりあり。君のごとき志《こころざし》を抱いて、世に出でし最初の秋をかくさびしく暮らすを思へば、われらは不平など言ひてはをられぬはずに候。
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手紙の五。(はがき)
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運命一たび君を屈せしむ。なんぞ君の永久に屈することあらん。君の必ずふるって立つの時あるを信じて疑はず。
意気の子の一人さびしの夜の秋|木犀《もくせい》の香りしめりがちなる
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これらの手紙をそろえて机の上においた。そして清三は考えた。自分の書いてやった返事と、その返事の友の心にひき起こしたこととを細かに引きくらべて考えてみた。さらに自己のまことの心とその手紙の上にあらわれた状態とのいかに離れているかを思った。美穂子のことからひいて雪子しげ子のことを頭に浮かべた。表面《うわべ》にあらわれたことだけで世の中は簡単に解釈されていく。打ち明けて心の底を語らなければ、――いや心の底をくわしく語っても、他人はその真相を容易に解さない。親しい友だちでもそうである。かれは痛切に孤独《こどく》を感じた。誰も知ってくれるもののない心の寂しさをひしと覚えた。凩《こがらし》が裏の林をドッと鳴《な》らした。
二十
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