に、寒そうにコオロギが鳴いていた。
秋は日に日に寒くなった。行田からは袷《あわせ》と足袋とを届けて来る。
二十二
小畑から来た手紙の一。
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今日、ある人(しひて名を除《のぞ》く)から聞けば、君と加藤の姉との間には多少の意義があるとのことに候ふが、それはほんたうか如何《いかに》、お知らせくだされたく候《そうろう》。
先日、加藤に会ひし時、それとなく聞きしに、そんなことは知らぬと申し候。けれどこれは兄《あに》が知らぬからとて、事実無根とは断言出来|難《がた》しなど笑ひ申し候。君にも似合はぬ仕事かな。ある事はありてよし、なきことはなくてよし。一|臂《ぴ》の力を借《か》さぬでもないのに、なんとか返事ありたく候。
加藤の浮かれ加減《かげん》はお話にもならず、手紙が浦和から来たとて、その一節を写してみてくれろといふ始末、存外熱くなりておれることと存じ候。
秋寒し、近況|如何《いか》。
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手紙の二。
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お返事|難有《ありがと》う。
そんなことをしていられるかどうか考えてみよとのご反問の手厳《てきび》しさ。君の心はよくわかった。
けれど、「あんなおしゃらくは嫌ひだ」は少しひどすぎたりと思ふ。あの背《せい》の高い後ろ姿のいいところが気に入る人もあるよ。またあの背の高いお嫌ひな人が君でなくってはならなかったらどうする。
「嫌ひだ」と言うたからとて、さうかほんたうに嫌ひだったのかと新事実を発見したほどに思ふやうな僕にては無之候《これなくそうろう》。かう申せばまた誤解呼《ごかいよば》はりをするかもしれねど、簡単に誤解呼はりをする以上の事実があるのを僕は確《たし》かな人から聞いたの故《ゆえ》だめに候。
この次の日曜には、行田からいま一|息《いき》車《くるま》を飛ばしてやって来たまへ。この間、白滝《しらたき》の君に会ったら、「林さん、お変りなくって?」と聞いていた。また例の蕎麦《そば》屋でビールでも飲んで語らうぢゃないか。小島からこの間便りがあった。このごろに杉山がまた東京の早稲田《わせだ》に出て行くさうだ。歌を難有う。思はんやさはいへそぞろむさし野に七里を北へ下野《しもつけ》の山、七里を北といへば足利《あしかが》ではないか。君の故郷ぢゃないか。いつか聞いた君のフアストラヴの追憶《おもいで》ではないか
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