つて行けた。佐野から入つて行く路は、秋山川の谷を深く溯つて行くやうな位置で、石灰が出る葛生町《くづうまち》があつたり、麻の緑葉の人肩を沒するやうな山畠があつたりした。田沼の近くにある唐澤山は秀郷の古城趾のあつたところで、山は淺いが、眺望は非常に好い。しかし、この奧一里のところに、これよりももつと眺望のすぐれてゐる琴平山がある。琴平の流行祠があつたが今はすたれた。岩舟には天台の古刹があつて、香煙が盛である。
 出流《いづる》の觀音の窟《いはや》のある谷は狹い小さな峽谷だが、山巒が深く入り込んでゐるので、嵐氣が深い。窟はちよつと奇觀だ。しかし、これよりも秋山川の谷を溯つて、山傳ひに足尾の方に出て行く間に、小さくはあるがかくれた山水が二三あつた。
 日光の大谷の谷に添つた大日堂の少し先からこの都賀山に入つて、小來川《こくるがは》に出て、古峰《こぶ》ヶ原、尾鑿山《をさくさん》などを探つて見るのも面白い旅の一つだ。小來川から出流《いづる》の方へ出て來るには、草山を越えたり、溪を渉つたりして、かなりに難儀な迷ひ易い路を一日歩かなければならなかつた。



底本:「現代日本紀行文学全集 東日本編」ほ
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