ども、その闇の巷路を五六歩入ると、そこに全く違つた夜の光景がひらかれて、其處にも此處にも置かれた結び燈臺の光が、髮の長い、色のくつきりとぬけるやうに白い、普通上流の女達の着けるものとは違つた、派手な襲ね色の或は紫に、或は紅に、縹色に、銀色にかゞやいた衣裳を着けて、それもだらしなく、几帳などは横さまにして、戸口まで出て迎へて行つたりする女達を見るのであつた。否、もう少し中に入つて行くと、室が奧から奧へと二つも四つも連つてゐて、その室毎にさうした女と狩衣の袖を亂した男とがゐて、たまには女が聲張上げて歌をうたひ、それにつれて傍にゐるやゝ年老いた女が琵琶を彈き、男は男でその頃流行る小曲を歌つた。
[#ここから3字下げ]
挿櫛は十まり七つありしかど、
たけくの縁の朝にとり
ようさりにとり、
取りしかは、
挿櫛もなしや。
[#ここで字下げ終わり]
これに似た小曲がいくつもいくつも男の口から出て來た。後には男と女と一緒に立つて舞つたりなどした。あとからあとへと女童は提銚子に酒を入れたものを運んで來た。窕子は何うしてさういふ坊の小路の光景を知つてゐるかと言へば、かの女はつい今から二月ほど前、兼家がそ
前へ
次へ
全213ページ中61ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング