にひどいではないか。『音にのみきけばかひなし時鳥こと語らはん思ふ心あり』といふ先方の歌に對して餘りに無禮にはあたりはしないか。かう思つて父母は心配し、呉葉は呉葉で、意味もわからすに、共に共に勸めたけれども、窕子はそれ以外には默つて何も言はなかつた。爲方なしに、そのつれない歌でも、かへし歌をしないよりはする方がまだましだといふので、それを文使のものに持たせてやることにした。
 その時のことを呉葉は一年後の今になつてありありと思ひ出した。

         三

 歌の贈答が絶たれようとしてしかも絶たれず、男心の切なる戀に弱い女心が次第にそれとなしに引寄せられて行くさまがそこに細かな美しい巴渦を卷いた。切な男の戀心を女の身として誰が受げ容れずにゐられようか。何んなに石の心でもそこにさゝれ波の微かな濃淡の影を湛へずにはゐられるものではあるまい。靜かに靜かに音を立てるせゝらぎ、そのせせらぎにさし添つて來る日の影、何んなに深い樹のかげでも、それがさゝやかな光を反映させずには置かぬやうなところにその戀のまことの心の影が微妙な美しい綾を織つた。
 後には窕子はそのかへし歌をすらすらと美しい假名でみ
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