お前の歌でわかつてゐるよ。知られねば身を鶯のふり出て啼きてこそ行け野にも山にも……。その心待はよくわかつてゐるよ。だからすまないつて言つてゐるぢやないか』言葉を強くして、『本當に何處に行つたんだ?』
『知らない……』
『自分の行つたところを知らずにゐるものがあるものか? 洞院の辻?』
『さうかも知れませんね……』
窕子はまた勝利者のやうにして笑つた。洞院の辻には、かの女が曾てラブしたその大學生が失戀してから伯母の家に深く籠つてゐるのであつた。
兼家の頭には、まさかとは思つてゐるけれども、それでもその崩れた築土の奧にある家の一間の中が眼の前にそれと映つて見えた。そこにかの女がゐる。この身には話すことを敢てしないことをかれに綿々として話してゐるかの女がゐる。曾てちよつと加茂の霜月の祭の時に通りすがりにその男を見たことはあるが、それは地位から言つてもとてもその身とは競走出來ないのはわかり切つてゐるけれども、そこにはまた普通では言
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