戀心をたづねても何うにもならないその身のあはれさをつくづくと身に染みて感じた。かの女はその心もその苦しみもそのもだえもその悲しみも皆なこの大雪の中に埋めつくされて了つたやうな氣がした。
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氷るらん
横川の水に
降る雪も
わかごと消えて
物は思はし
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かの女の胸に簇り上るやうにしてかうした歌が出て來た。雪は降り頻つた。
八
『だつて二日も三日も待つても、あなたはお出なさらなかつたぢやありませんか』窕子の顏には男に對する勝利の色が歴々と上つて見られた。
『それで何處に行つたのだえ?』
『何處でせうかしら? 屹度、屹度、あなたなどの御存じない好いところでせう。』
いつもに似合ず女のわるくはしやいでゐるのを不思議にして、兼家は何か言はうとしたが、よして、そのまゝじつと窕子の顏を見詰めた。
『…………?』
『だつて、ちやんと書いて置いたでせう。いくら鶯が好い聲で歌はうと思つて待つてゐたつて、それを聞いてくれる人が來なければ、何處か他に行つて、それをきいて貰ふより他に爲方がないぢやありませんか……』
『それはわかつてゐるよ、
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