へない細かい心持などがあつて却つてさうした富貴やら地位やらで強いて女の心を自由にしてゐる身であるだけその相手に對して此方の弱さを感じた。女は――ことに窕子はさういふところに殉情的になる質であるだけ一層それが氣になつた。
兼家は昨夜來て、窕子がゐないので、いくらかやけ氣味で、女のゐないところにこの樂しい正月を寢たつてしようがないなどと言つて、これからすぐ何處かに行きでもするやうに呉葉達を困らせたが、夜がもはや子の刻を過ぎてゐて何うにもならないので、そのまゝ靜まつて、いつもの一間に夜のものを暖く、裏の竹むらに夜風の騷ぐのを聞きながら窕子の殘して行つた鶯の歌のかへしなどを考へて一夜をすごした。鶯のあたに率て行かん山邊にも啼く聲きかばたつぬばかりぞ。これほど此身はそなたのことを思つてゐるのに、かうしてこゝにひとりこの身を殘して、その美しい聲音をあだし男に聞かせてゐるとは! しかしこの身にもわるいところがないではなかつた。一昨日來れば好かつた。あゝいふ女の僞り心にひかれなければよかつた。あゝいふ女は――あゝいふ女は、そこまで考へて行つて、兼家は男にも女を責める資格のない身であることを深く考へた
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