、莞爾しながら絶えず無邪氣に話すやうな若僧であつた。母子の間には先きの帝の内親王がさうした若い僧の佛に仕へてゐるのに感激して、何うかしてその身もさういふ淨い身になりたいと言つて、帝にも誰にも告げずに單身で大比叡にのぼつて髮を剃られた話などが出た。そして、『あゝいふ若い可愛い僧がゐるのだから、さう思はれたのも無理はない』などと母親は言つた。窕子はそれは母親には言はなかつたけれども、その身にしても、もしさういふ淨い身になることの出來る身だつたら、それこそ何んなに好いだらう、何んなにすがすがしくつて好いだらうなどと思つた。
夜の御堂に出かけて行つて、そこで同じやうな讀經を一ときほど聽聞したが、あまりに夜の山が寒いので、房へ引返して寢るつもりで、そこを出た時には、雪がもう盛に降り出して、一緒に案内して呉れた僧の持つた松明に小さい大きい雪片が黒く落ちては消え落ちては消えた。
『えらい雪になりました……』
『本當に……』
『これは困つたのう? これでは、あすは何うなるやら? 雪に降られてはもどれぬかも知れぬ』
これは窕子のあとから出て來た母親だつた。
『これはあすは大雪だ』
松明を先へ翳し翳
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