山の中であるにも拘らず、香の煙があたりに一杯に籠めるばかりに立靡き、參籠者はそろそろと山みちを傳ひ、岨を傳つて、そのありがたい御堂へと一齊につめかけた。壺裝束をして藺綾笠をかぶつた女達だの、杖をついてあの老人がよくやつて來たと思はれるやうな人達だの、さうかと思ふと、宮中からおつかはしの布施の携帶した頭中將の一行の仰々しい姿なども見えた。佛法と王法とがひとつになつて、この深い山の御堂にこの上もない有難さをひろげてゐるやうに見えた。
御堂の内には、僧が何十人となく兩側に列をなして立竝んでこ香烟の漲りわたつた、むつとするほど參籠者の呼吸の立ちこもつた、その奧には大きい小さい、中にも二三百目もあらうといふやうな赤く青く或は黄に彩色した※[#「臘」の「月」に変えて「虫」、第3水準1−91−71]燭が煌々と人の目を眩せしむるばかりの佛具の間に何本となく點されて、それがチラチラと言ふに言はれない壯嚴さをあたりに展げたばかりではなく、何年にも開かれたことがない立派な龕の扉が左右にはつと押し開かれて、その本尊の如來の額からは金光が赫々とあたりに輝きわたるかのやうに仰がれた。讀經の聲と共に何遍となく僧が
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