つたり、厨を出たところには、溝の中に夏は杜若が色濃く鮮かに咲いてゐたりなどしたのをはつきりと覺えてゐる。……それにしてもかの女が十三から十五ぐらゐまでの間に、窕子の美しくなつたことは! 指は白魚を竝べたやうに、肌は白く透き徹るばかりに、家の内から滅多にその姿をあらはしたことはなかつたのであるけれども、それでもその美しさはいつか世間に知られて、公達だちの間には喧しく品定めされてゐるといふことが常に呉葉の耳に入つた。
 呉葉は主從ではあつたけれども、しん身の同胞か何かのやうに思つてゐる窕子がさういふ風に日増に美しくなつて行くのを不思議な心持で眺めた。ある時には今までとは全く違つた窕子になつて了つたやうな氣がして、靜かに筆を手に几帳のかげに坐つてゐるのを近寄り難くじつと見守つてゐたことなどもあつた。『お前何してるのさ……そんなところにさつきからぼんやり立つて!』その時だしぬけにかう言はれて、呉葉は何と言つて好いか言葉がなくて困つた。さうかと言つて、『あんまりお美しいから、私、見てゐたのです』とも言へなかつた。もはやその頃には、窕子の二人の姉は皆なそれぞれ然るべきところへと嫁いで行つてゐた。意
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