つたところにある邸――兵衞佐ぐらゐの人の住んでゐる家であるから、さう大してひろくも大きくもなかつたけれども、それでも築土が長く取廻してあつて、栗や柿の樹などがその上から見えて、秋は赤い木の實が葉の落ちたあとの枝に鈴生に着いてゐるのを路行く人はよく眺めて通つて行つた。それからちよつと出ると、そこはもう西洞院の大通りで、馬車、さき追ふ人の聲に雜つて下司どもの罵り騷ぐ聲や、行縢を着けた男や、調度掛をつれた騎馬の侍や、つぼ裝束をした女達の通つて行くのがそれと手に取るやうに展けられて見えた。呉葉は幼いころ、ものの使ひに行つた歸りなどに、一の殿のすさまじく仰々しい行列に逢つて、何うすることも出來ずに、片側の塀にぴたりとその小さき身を寄せてある期間じつとしてゐたりしたことを今でもをりをり思ひ起した。そしてそれを眞直に北に行くと、大宮の築土に突當つて、そこには大きな門があつて、直垂姿や騎馬姿の絶えず出入するのを怖いものでも見るやうな心持でじつと眺めたことを思ひ起した。
兵衞佐の邸はさう綺麗に掃除されてはゐなかつたけれども、それでもかなりに廣く、竹藪があつたり、池があつたり、その池には家鴨が放たれてあ
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