からね、あまり考へない方が好いよ。それとも誰かいぢめたか何うかしの! あの仲姉さんが意地わるか何かをしたんぢやない?』その時呉葉は俄かに頭を振つたことを今でもはつきりと覺えてゐる。それから窕子のやさしい心持がかの女の體中に染みわたつて、たよる人はこの君ばかりといふ風に益々しん身になつて行つたことを覺えてゐる。
窕子と呉葉とはその時分よくこんな話をした。
『お前の國に行って見たいね……。大きな川があるんだッてね』
『え、え、それは大きな河……鴨川のようなあんな小さな川ぢやない。もつと大きい、大きい、大きい帆がいくつも通る……。舵の音が夜中でもきこえる。それはそれは大きな河……。それに、河原の畠には瓜が澤山出來てゐるんですから……』
『もっと大きくなつたら、二人きりで行かうね。二人きりで……。仲姉さんとも誰とも一緒でなしに……。そしてお前の母者や姉妹とも逢はうね。そしてその次手に、昔の奈良の都にも行つて見ようではないか!』
『さういふことが出來たら、それこそ何んなに嬉しいことか……』
呉葉はさうした話の出る度毎にいつも雲の白く山の青い故郷のことを頭に浮べた。
それは西洞院の二條を少し下
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