『構はん、構はん、それにしても早う戻つて來たな。何處まで行つたのぢや……?』
『日の岡まで參りました』
『陵の此方のところか?』
『さやうでござります……』
『無事で立つて行かれたな?』
『勇んで立つて參りました。これも皆殿のお蔭だと申して、よろしく傳へて呉れと申殘して行きました……』
『それで、關まで見送つて行つたものもあるかな』
『父のもございましたが、それよりも殿! 介の女房になるものが何處までもおくると申して、壺裝束してついて行きましたが、あれなどはあはれでございました……。何でも、介になる男は、名高い好者で、女子なども澤山あるときいて居りましたが、あゝいふ熱心なものがあるとは思ひませんでした』
『それは面白いな』
兼家は莞爾笑つた。
『何でも、男の方ではこれを好い機會に女と離れるつもりらしいのです……。その女といふのがえらう嫉妬やきで、とても何うにもならないのぢやさうでございます。それに、女の方でも、三年も逢はずに別れてゐては、とても二人の仲が切れずにはゐまいといふので、それでその心を見せようといふのださうでございます。行けるところまでは行くと申してをりました。えらいことで
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