て答へた。
『あ、それは好かつた……。二年や三年ぢき立つて了ふ……。それは別れはつらかつたらうが、なアに、ぢき月日は立つて了ふよ。泣いたのか、それはもつともぢや』かう言つたが、窕子の出した父親の歌を一わたり讀んで見て、『やつぱりお前が心配になると見えるな!』
『白河の關はたうとう見ることが出來ませんでした』
『女子の身ではそれは無理だ……。何しろ遠いところだからな』
『女子だとて行かれないことは御座いませぬのに――』
『でも、よう留つて呉れた……。お父さんも心にかけて行かれたが、お前が留つてさへ呉れれば、何も案ずることはないな。な、呉葉』傍にかしこまつてゐる呉葉を振り返つて、『そなたも安心して呉れ! この身がついてゐさへすれば何も案ずることはない』
『忝なう……』
 呉葉は頭を下げた。
 そこにまた人が來た氣勢がしたと思ふと、今度は日の岡のところまで送つて行つた兄の攝津介が行縢のまゝで入つて來た。
 殿の來てゐるのを見て、その姿のあまりに無作法なのに氣附いたといふやうに慌てゝあとに戻らうとした。すると、
『攝津介か、構はん、構はん……此方へ――』
 かう兼家が言ふので、
『でも……』

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