が、男が女に飽きて、もう來ないつもりで、『年を經て住み來しやどをいでゝいなばいとど深草野とやなりなん』と捨ぜりふ言つたのに對して、『野とならばうづらとなりて泣きをらん狩りにだにやは君は來ざらん』と言つてその眞心を示したので、男はそれに感じて再びそこに來るやうになつたといふ物語などもそこに繰返された。
『だからそれを言ふのよ。さういう眞心があれば好いのよ。男にしても、女にしても……。しかし今のこのみだらな世では、とてもさういふ心は男にも女にも望まれない。男はたゞ女をおもちやにしてゐる。美しくさへあれば好いと思うてゐる。いゝえ、その美しいのを玩弄しさへすれば好いと思うてゐる。それに對して、女は唯捨てられたまゝでだまつてをる。それは女の弱味で爲方がないと思うてをる。それが悲しいことゝは思はないか……。』こんなことを染々した調子で窕子は言つた。窕子はそのまごころを深く相手の心の中に打込みたいと思つてゐても、その相手が當世の時めき人で、女に對してもさうした深い考へを持つてゐないといふことをこの頃深く感じて來てゐた。身の内に漲りわたるその心を何うしたら好いか、それに窕子は朝に夕に惑つてゐた。
 窕
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