だつた。それがまた一時京の噂の種となつて、『それこそ本當の戀と言ふものぢや。さうしてその戀を添ひ遂げたのが羨しい』といふものもあれば、その一方には、『それはその四の君が色戀の道といふことを知らんのぢや。戀愛といふものはさういふものではない。それからそれへと移つて行くのが本當ぢや。それが戀愛ぢや』などといふものもあつて、殿もある夜醉つてやつて來て、『何うぢや、それなら一緒に武藏野の奧へ行くか。さうすれば、いやでも朝夕一緒にゐられる……。しかしさう一緒に顏ばかり見てゐたつて、戀はつまるまい。お互に離れてゐて、逢いたうなるのでよいのぢやないかのう』などと言はれたことをかの女ははつきりと覺えてゐる。否、それから暫く經つて、それとわかつてゐながら捨てゝ置くわけには行かないといふので、六條殿から使者を東國に出したなどといふ話はきいた。しかしそれだけだつた。それからあとのことは知らなかつた。
『え、さうださうです。その相手がゐる中は、いくら此方から使をやつても戻つては來なかつたさうです……。ところが、今から五六年前、たうとうその相手が亡くなつたので、それで、その屍を燒いて、その骨を持つて、高野へ行つ
前へ
次へ
全213ページ中179ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング