だつて、お前、何故この身はひとりを守つてゐるのに、男はさうでなくて好いといふのかえ?』
『そら、またいつものお話がはじまりました――』
呉葉はかう言つて笑ひ出した。
『そんなにこの身の言ふことが可笑しいかしら? そなただつて、いつかさう言つたではないか。都にゐなくとも好い。都の殿御に見える機會がなくとも好い。田舍の土の中に埋れても、思うた男子と二人だけで住まうて居ればそれで好い。女子はその男子だけを思ひ、その男子はこの身だけを思うて呉れたら、それでこの女としての願ひは足りる。何んなに賤しう暮しても、少しも苦しいとは思はない。かうそなたも言うたことがあるのではないか。何うしてそれが可笑しいのか?』
『そのやうなことを言うたこともあるにはありました』かう言つて呉葉はまた笑つて、『でも、そのやうなことはこの今の世には通りは致しはせぬもの……。この身とて狛のさとにでも住んで居れば、さういふことを考へられるかも知れませねど、とてもこの都では、そのやうなことは考へられは致しはせぬもの……』
『そなたはそれですましてをられるから仕合せだ……』
窕子はじつと深く悲哀に浸つたやうな心持で言つた。若さ
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