たといふ記念に……』かう言つて、登子は自分が平生用ゐてゐた蒔繪の硯箱をそこに持ち出した。
『そのやうなこと……』
と窕子が辭退するのを押して、
『蒔繪はこれでも好いのだし、螺鈿もいくらか入つてるのだから……。いいえ、これは言はずにさし上げるつもりだつたけれども……』急に登子は顏を低頭かせて、『これは、……これは……宮が特にこの身のためにつくられて賜はつたものなのだが、窕子さん、これはあなたが持つて行つて下さい……。よくこの身の心をよく知つてゐて下さるあなたが――』あとはもう言へなかつた。
『…………』
窕子は眼を裳の下袖で拭いた。
『あまり氣持がよくないかも知れないけれども……』
『そんなことがございますものか……。』窕子は慌てゝ打消して、『それでは頂戴して、いつまでも、いつまでも、このかくれ家の記念として思ひ出すやうに致します……』
と言つて、そこに取出された蒔繪の硯箱を押戴くやうにした。すぐつゞけて、
『然し、あまりいろいろなことを思召さないやうに……』
『もう大丈夫……』悲しい氣分がいつか通り過ぎて行つたといふやうに、登子はいくらか晴れやかに、『いくら考へたつて、しやうがな
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