身の嫉妬に近い心持も起つて來ないことはなかつたのであるが、それも向けやうに由つては、反感にならずにはゐられないやうな質のものであつたが、呉葉はそれをすぐ奉仕の感情の方へと持つて行つてくつ付けて了つた。呉葉は窕子のために喜びの感情と祝賀の感情とを一緒にしたものをそこに漲らせた。『それときいたら誰だつて羨ましく思はないものはないでせう。堀川の殿が此處に! あの堀川の殿が。京の姫達でさうした好運に附かれたのは御身ばかり……』かう言ふ風に呉葉はその感情をそこに露骨に打出すやうにして言つた。窕子はじつとしてゐたが、急に堪らなくなつたと言ふやうに、さうした侍女の祝賀の言葉の驟雨の中にも悲しい女の身の悲哀を深く感ぜずにはゐられないといふやうにその顏に衣の袖を押し當てゝ身もだえして泣いた。呉葉もしたゝかに泣いた。

         四

 呉葉が始めてその堀川の殿を目にしたのは、それからいくらも日數も經たないほどのことだつた。かの女はそこに肥えてはゐるけれど下品でない、眼尻の下つた、やさしい眼附をした、鼻の丸味勝な、口の大きな莞爾したその人の顏を見出した。女の好くといふほどの顏ではなかつたけれども―
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